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福岡高等裁判所 昭和50年(ラ)115号 決定 1976年3月19日

抗告人

雄一商事相互株式会社

右代表者

岩久一男

右代理人

安部千春

相手方

岸サツキ

第三債務者

武吉清光

第三債務者

扇城自動車株式会社

右代表者

村上卓也

右抗告人から、大分地方裁判所中津支部昭和五〇年(ル)第五五号(ヲ)第六七号債権差押並びに取立命令事件について、同裁判所が昭和五〇年一一月二八日なした差押禁止範囲拡張の決定に対し、即時抗告の申立があつたので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

原決定を取消す。

相手方の差押禁止範囲拡張の申立を棄却する。

理由

抗告人は主文第一項同旨および「相手方の差押禁止範囲拡張の申立を却下する。」との裁判を求め、その理由は別紙のとおりである。

本件債権差押並びに取立命令は抗告人がその主張の債務名義に基づき相手方の第三債務者に対する交通事故による損害賠償債権を差押えたものであることは明らかである。

ところで、民事訴訟法第六一八条一項は差押禁止債権を定めているが、右規定は目的債権の性質上、差押債権者の犠牲において債務者を保護する例外的な規定であるから、徒らにその趣旨を拡張することは許されないので、交通事故による損害賠償債務であつても、それが直ちに差押禁止債務に該当すると解することはできない。しかしながら右損害賠償債権が実質上、民事訴訟法第六一八条第一項各号に定める債権と同視し得て、差押禁止範囲の拡張を認める同条第二項第六一八条の二を類推して(一)差押により債務者が生活上回復することができない程の窮迫な状態に陥る虞があること、(二)債務者が誠実で債務を履行する意思があること、(三)この減額により債務者の経済に甚だしい影響を及ぼさないと認められる著しい事由がある(民事訴訟法第五七〇条の二)場合には差押を禁止する範囲を定めることを肯認することも考えられないではない。

そこで、これを本件についてみるに、一件記録によれば、交通事故の被害者である相手方は右事故当時、看護婦として働いていたので、受傷により入院治療を受け、収入を得られなくなつたが、同人には稼働している夫がいるため事故後は夫の収入によび家計が維持されること、当時相手方は長期継続して働いていたかどうか必ずしも明らかでないこと、交通事故の内容は第三債務者扇城自動車株式会社(以下単に扇城自動車という)の車が駐車場に入るため後退している際、相手方と接触したもので相手方の蒙つた傷害は、重大で長期の入院治療を要するとも考えられないこと、右事故につき車の運行供用者である扇城自動車との間に示談は成立していないが、右会社は相手方から損害賠償の支払を強く要求されたので、内金として昭和四九年一二月から昭和五〇年九月までほぼ毎月一〇万円又はそれに近い金額を支払い、本件債権差押並びに取立命令正本が送達されるまでに九一万円を、その後の支払を含め総額一〇一万円を支払つたこと、しかし扇城自動車は相手方の蒙つた被害の程度から考え、損害額の大半を支払つたと考え、以後その支払を留保していること、相手方は前記債務名義の内容をなす貸金につき全く支払いをせず、他にも抗告人から借りた貸金にからみ詐欺罪による有罪の判決を受けていることが認められる。

以上認定の事実によれば、相手方の扇城自動車に対する損害賠償債権は一時期、継続的に支払われているが、それは相手方の要望によりたまたま以上のとおり支払われたにすぎず、継続的支払を前提とするものではなく、抗告人は金融業を営むものであるから差押禁止範囲が拡張されることによりその経済に甚だしい影響を及ぼさないことは明らかであるが、前叙説示の債権差押が禁止されるための(一)および(二)の事由が存在することを認めうる資料もないので、原決定が前記損害賠償債権の内金が毎月支払われるとしてそのうち差押禁止を認めたのは失当といわねばならない。

そこで、これと趣旨を異にする原決定を取り消し、相手方の差押禁止範囲の拡張の申立を棄却することとして、主文のとおり決定する。

(亀川清 美山和義 松尾俊一)

<別紙>

一、相手方は昭和五〇年一〇月六日抗告人に対し、一四三万九、七四〇円を支払えという判決を受けたにもかかわらず、今日まで一銭の支払もしない。又相手方は抗告人から約一、〇〇〇万円を詐取した事件で有罪判決を受け、刑の執行猶予中の身であるが、この件についても一銭の支払もしない。すなわち相手方は抗告人に対し少くとも数百万円の支払義務があるにもかゝわらず全くこれを支払う意思はないのである。

二、相手方は刑事事件で起訴されるまでは診療所に勤務し、一定の収入はあつたが、その後に定職はない。現在は主婦として家事労働をしている。相手方には岸初則という夫があり、日本食堂に勤務し、一定の収入がある。相手方の収入によつて生計を維持している関係にはない。よつて本件差押並に取立命令によつて生活に困ることはない。事故前ですらですに相手方は収入がなくなつていた。

三、相手方は昭和五〇年四月一二日本件交通事故で入院していた田緑外科医院を退院し、現在通院中である。抗告人が債権差押並に取立命令の申立をしたのは相手方の傷もほぼよくなり、そろそろ示談をしたい旨扇城自動車株式会社に申出たので、示談をして右会社が相手方に金銭の支払をすると、相手方は決して抗告人に支払いはせず、隠してしまうことをおそれたためである。

ところが、相手方は右命令が発せられると、扇城自動車株式会社に対して、示談はしない、もつと治療をすると申し出ている。本件の決定には期限の定めがなく、相手方は六万八、三〇〇円の収入が得られるので、いつまでも治療を続ける危険がある。相手方の傷はすでによくなつていると思われるので前記会社が相手方に毎月六万八、三〇〇円の支払をすると、抗告人が差押えて、取立てるべき過去の慰藉料等の減少をきたすことになる。

四、よつて抗告趣旨の裁判を求める。

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